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日本人が海外で発揮するオリジナリティとは何か

作家の村上春樹氏は、著書の「職業としての小説家」でオリジナリティについてこう語っている。“何がオリジナルで、何がオリジナルではないか、その判断は、作品を受け取る人々と「然るべく経過された時間」との共同作業に一任するしかありません。作家にできるのは、自分の作品が少なくともクロノロジカルな実例として残れるように、全力を尽くすことしかありません。つまり納得のいく作品をひとつでも多く積み上げ、意味のあるかさをつくり、自分なりの「作品系」を立体的に築いていくことです。”

国境を超えて表現者として生きる人の言葉からは、肩の力が抜けた余裕と同時に、強い意思とコミットメントを感じる。激しく変化する時代の中で日本人が海外で発揮できるオリジナリティについて、村上春樹氏の言葉にヒントがあると感じている。

日本は世界でも有数の経済大国であり、伝統文化や歴史があり、勤勉さや技術力のお陰で様々な分野で世界に広く貢献している。その意味で、日本人が海外で提供できるオリジナルな“話題”は揃っているようにも思える。

私はこれまで過去に長期留学を3度経験している。高校でカナダのサスカチュワン州に1年、大学でアメリカのオクラホマ州に1年、社会人になってからデンマークのオーフス市に3年間暮らした。どの国も田舎町に留学したので、日本人がマイノリティーの環境にあった。第二外国語の環境で暮らす毎日の中で、どうすればホストファミリーと仲良くなり、友達が作れるか。チームワークでもうまく協働し、クライアントに対して結果を生み出すことができるか。こんなことを常に考えていた。

特にネイティブスピーカーと同等レベルで英語が話せない場合、テンポの速い会話の中で存在感を出すには、誰もが耳を傾けるユニークでオリジナルなストーリーを語れなくてはいけない。そのために最初に考えついた方法は、日本について語ることだった。海外にはない日本独自の生活、文化や歴史、宗教観など探せばネタは尽きない。島国のお陰で独自の文化や思想が築かれてきたので、その産物をわかるように話せばそれだけで新しい視点をもたらすことができる。

高校生のときは英語がまだそれほど話せなかったので、日本について話すネタをあらかじめ頭の中でシナリオを作り、ここだと思ったときに共有した。大学生のときは、アメリカ生活の長い帰国子女の友人が日本のユニークな点を英語で上手く語っていたので、真似をして練習した。社会人になってからは英語で日本について書かれた文献を普段からよく読むようにした。まずは相手がどのような視点で日本を見ているのか知り、書かれていないオリジナルの情報を組み合わせて、語った。物語を通して、オリジナリティを創るのは楽しかった。

学校に所属している間は、日本ネタを様々な場面で共有できれば、ある程度の存在感は創ることができる。仕事で結果を出すためには、スキルを磨くことが必要だ。存在感も出し、スキルを磨いて結果を出せれば、次に必要なものは何だろうか。海外でも本質的に人の心を動かすものは、スキルや日本ネタだけではない何か別のものではないか。

デンマークで留学したビジネス・デザインスクール、カオスパイロットでは、起業家精神とクリエイティブリーダーシップを中心に学んだ。そこでは「本当の自分」とは何者なのか、語る機会が数多く用意されていた。それは強烈な体験でもあった。本当の自分を表現するのは、考え抜いた意見だけでなく、未完成の内なる感情に向き合うことでもある。そしてそれは他人がそうしようとする行為を受け入れることも意味する。

その上で、本当に心から相手に語りかけているか。本当に人の話を聞いているのか。これはリーダーとしての評価基準として常に存在した。先入観を抜きにして人の話をまっさらな状態で聞くには、トレーニングが有効だ。一方で建前ではない本心を相手に伝えるのも時間がかかる。気づいたら、周囲の雰囲気や時間を尊重しすぎて、短く話すことも多かった。

しかしあるときから、感情豊かにより自由に思いを言葉で表現できるようになった。他人の変わった個性も受け入れ共感するようになった。それは素晴らしいことであり同時にカオスな体験であった。1日の内にジェットコースターのように感情の起伏を体験した。急に授業中立ち上がって、チーム全員にそれまで抱えていた不満も言うようになった。涙が出るほど心を動かされたり、次の瞬間には大笑いをしていたりするようになった。全く同じことをチームメイトがしても受け入れられるようになった。

本当の自分を少しずつ表現していくうちに、そして変わった他人を受け入れる内に今まで眠っていた感情が、どんどん外に溢れ出てくる感覚は不思議なものであった。20代で人前で涙を流す経験なんて恥ずかしいとも思うが、カオスパイロットでは、誰もがときには顔を赤くして怒ったり、声が枯れるまで笑ったり、泣き出したり、いい年をした大人達が感情豊かになれる場所があった。

感性をより自由に表現できるようになった時から、あるときチームメイトたちが、何か閃いたような様子でこう言った。「You are not just Japanese, you are Aya!(あなたは、ただの日本人じゃないよね。“あや”なんだよね!)」日本人として初めて受け入れられた学校に留学して2年が経とうとしていた。一人の人間として認識してくれたことがとても嬉しく、感慨深い経験であった。

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